ご相談のきっかけ
ご相談者様は、今後複数回のエクイティファイナンスを予定しているスタートアップ企業でした。
会社設立時の発行済株式総数は100株でしたが、事業の成長に伴い、今後、
- ベンチャーキャピタル等からの資金調達
- 役員・従業員等に対するストック・オプションの発行
- 株主間での一部株式の譲渡
- 将来のIPOを見据えた資本政策
などを柔軟に行う必要が生じていました。
そこで、今後の資本政策を進めやすくするため、早い段階で株式数を大幅に増加させたいとのご相談をいただきました。
状況の整理
発行済株式総数が100株の場合、単純計算では1株が発行済株式全体の1%に相当します。
一般的な中小企業であれば、株式数が100株であっても直ちに問題となるわけではありません。
しかし、スタートアップの場合、資金調達を繰り返す中で企業価値が急速に上昇することがあります。
その過程では、
「投資家に数%の株式を発行したい」
「従業員に0.01%相当のストック・オプションを付与したい」
といった、細かな比率での資本政策が必要となることがあります。
例えば、100株しか発行されていない場合には、1株未満の単位で株式を発行・譲渡することはできないため、0.1%や0.01%といった細かな割合での設計が困難です。
そのため、複数回の資金調達やストック・オプションの発行を予定しているスタートアップでは、将来的な企業価値の上昇を見据え、あらかじめ(できれば、設立段階から)株式数を十分に細分化しておくことが有用です。
今回も、将来の資本政策を見据え、発行済株式総数100株という状態を早い段階で見直すこととなりました。
株式数を増加させる方法
既存株主の持株比率を基本的に維持しながら株式数を増加させる方法としては、主に、
「株式分割」(会社法183条)
と
「株式無償割当て」(会社法185条)
が考えられます。
株式分割とは、例えば1株を1,000株に分割することにより、1株当たりの経済的価値を細分化しながら発行済株式総数を増加させる方法です。
これに対して株式無償割当てとは、既存の株主に対して、新たな払込みを求めることなく、その保有株式数に応じて新たな株式を割り当てる制度です。
いずれも、株主の持株比率を維持しながら株式数を増加させるという点では類似していますが、会社法上は異なる制度です。
今回特有の論点
今回、特に重要となったのは、できる限り短期間で株式数を増加させたいという点でした。
株式分割を行う場合には、会社法第183条に基づき、
- 分割する株式の種類
- 分割割合
- 基準日
- 効力発生日
などを定める必要があります。
そして、株式分割では、どの時点の株主に対して分割の効力を及ぼすのかを確定するため、基準日の設定が必要となります。
基準日については、会社法第124条により、原則として基準日の2週間前までに公告する必要があります。
もっとも、あらかじめ定款に基準日を定める方法もあるため、今回も、定款変更によって基準日を設定し、短期間で株式分割を実施する方法を検討しました。
しかし、基準日の設定については、いわゆるアムスク事件(東京地裁平成26年4月17日判決・東京高裁平成27年3月12日判決)において、基準日に関する定款の定めと会社法第124条の公告制度との関係が問題となっています。
同事件は株式分割そのものについて判断したものではありませんが、基準日に関する定款の定めについても、基準日の2週間前までに存在する必要があるとする考え方が示されています。
そのため、今回のように、
「定款変更を行い、その直後の基準日を設定して株式分割を行う」
という方法については、手続上の確実性という観点から慎重に検討する必要がありました。
そこで今回は、短期間での実施を優先しつつ、基準日の設定に関する法的な不確実性をできる限り避けるため、株式分割ではなく、株式無償割当ての方法を採用することとしました。
株式分割と株式無償割当ての主な違い
株式分割と株式無償割当てには、主に次のような違いがあります。
1.異なる種類の株式を交付できるか
株式分割では、同一の種類の株式の数を増加させることになります(会社法183条2項1号)。
これに対して株式無償割当てでは、株主が保有する株式とは異なる種類の株式を割り当てることもできます(会社法186条1項1号)。
2.自己株式の取扱い
株式分割では、会社が保有する自己株式についても、分割割合に応じて株式数が増加します。
これに対し、株式無償割当てでは、会社自身が保有する自己株式に対して新たな株式を割り当てることはできません(会社法186条2項)。
3.自己株式を交付できるか
株式分割では、会社が保有する自己株式を株主に交付する制度ではありません。
これに対し、株式無償割当てでは、会社が保有する自己株式を株主に交付することも可能です。
4.発行可能株式総数に関する特則
株式分割の場合には、一定の要件のもと、株主総会による定款変更を経ずに、分割割合に応じて発行可能株式総数を増加させることができる特則があります(会社法184条2項)。
これに対して、株式無償割当てには同様の特則はありません。
5.基準日の設定
株式分割では基準日の設定が必要となります(会社法183条2項1号)。
一方、株式無償割当てでは、株式分割のように基準日の設定が制度上必須とはされていません。
今回の案件では、この違いが手続方法を選択するうえで大きなポイントとなりました。
6.効力発生後の通知
株式無償割当てでは、効力発生日後、株主に対して割り当てた株式数等について通知する必要があります(会社法187条2項)。
これに対して、株式分割では同様の通知は要求されていません。
対応方法
当事務所では、まず、
- 現在の発行済株式総数
- 株主構成
- 発行可能株式総数
- 今後予定されている資金調達
- ストック・オプションの発行予定
- 希望する手続スケジュール
などを確認しました。
そのうえで、将来の資本政策を柔軟に行うためには、現在の100株という株式数を大幅に細分化しておくことが望ましいと判断しました。
特にスタートアップでは、将来のバリュエーションが大きく上昇した場合にも、
「何%の株式を投資家に発行するのか」
「何%のストック・オプションを役員・従業員に付与するのか」
を細かな単位で設計できることが重要です。
そこで、将来の資金調達等に支障が生じない程度まで株式数を増加させる設計をご提案しました。
また、今回は短期間での実施が必要であったことから、株式分割と株式無償割当ての双方を比較検討しました。
その結果、基準日の設定に関する法的な不確実性をできる限り避けるため、会社法第185条以下に基づく株式無償割当ての方法を採用しました。
具体的には、
- 株主に割り当てる株式の種類及び数
- 株主に対する割当割合
- 株式無償割当ての効力発生日
などの必要事項を決定し、株式無償割当てを実行しました。
その後、発行済株式総数の増加について変更登記を行いました。
結果
株式無償割当てを利用することにより、基準日の設定に伴うスケジュール上・法務上の問題を避けながら、短期間で発行済株式総数を大幅に増加させることができました。
これにより、今後、
- 投資家に対する新株発行
- 既存株主による一部株式の譲渡
- 役員・従業員等へのストック・オプションの発行
などについて、従来よりも細かな持株比率で設計できるようになりました。
単に「株式数を増やす」というだけではなく、将来の複数回の資金調達や企業価値の上昇まで見据え、スタートアップの資本政策をより柔軟に行える状態を整えることができました。
代表司法書士からのひとこと
会社の設立段階では、
「資本金100万円・発行済株式総数100株」
といった形で株式数を設定するケースも見受けられます。
一般的な中小企業であれば、このような株式数でも特段問題とならないことがあります。
しかし、将来的に複数回のエクイティファイナンスやストック・オプションの発行を予定しているスタートアップでは、設立時の株式数が少なすぎると、後々、資本政策上の不都合が生じることがあります。
例えば発行済株式総数が100株であれば、1株は全体の1%です。
その後、企業価値が上昇してから、
「従業員に0.01%相当のSOを付与したい」
「投資家への持株比率を0.1%単位で調整したい」
と考えても、株式数が少ないままでは対応することができません。
そのため、将来的に積極的な資金調達を予定するスタートアップでは、設立時から十分な数の株式を発行しておくか、早い段階で株式数を細分化しておくことが重要です。
一つの考え方として、将来の資本政策を細かな単位で設計しやすくするため、資本金100万円であれば100万株とするなど、単純計算上の「資本金額÷発行済株式総数」が1円となる株式数を設定する方法も考えられます。
株式分割や株式無償割当てによって株式数を増やしても、それだけで会社全体の企業価値が増減するものではなく、あくまで資金調達や株式譲渡、ストック・オプション発行等を細かな単位で設計しやすくするためのものです。
また、すでに株式数が少ない状態で会社を設立している場合でも、
- 株式分割
- 株式無償割当て
などの方法によって、後から株式数を増加させることができます。
どちらの方法が適しているかは、現在の株主構成、自己株式の有無、種類株式の内容、発行可能株式総数、希望するスケジュール等によって異なります。
今回のように「短期間で株式数を増やしたい」という場合にも、単純に最短と思われる方法を選択するのではなく、会社法上の手続や裁判例を踏まえたうえで、より確実性の高い方法を選択することが重要です。
福岡アルブル司法書士事務所では、スタートアップの会社設立から、株式分割・株式無償割当て、種類株式、ストック・オプション、J-KISS、第三者割当増資等のエクイティファイナンスまで、資本政策に関する会社法・商業登記手続きをサポートしています。
「設立時の株式数を少なく設定してしまった」
「資金調達前に株式数を増やしておきたい」
「ストック・オプションを細かな割合で付与できるようにしたい」
といった場合にも、お気軽にご相談ください。
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