ご相談のきっかけ
H社様は、シード期のスタートアップ企業です。
創業初期のスタートアップでは、事業実績がまだ十分に蓄積されておらず、現時点で企業価値を適切に評価することが難しい場合があります。
そこでH社様では、現時点で株価を確定して普通株式を発行するのではなく、将来の株式による資金調達等を契機として株式へ転換されることを予定した「J-KISS型新株予約権」を活用し、スピーディーに資金調達を行うことを検討されていました。
今回、特に問題となったのが、同一の資金調達ラウンドでありながら、投資家ごとに払込時期が異なっていたことです。
同一ラウンドで複数の投資家から払込みを受ける予定でしたが、一方の投資家については社内決裁に時間を要したため、払込時期が数か月後にずれ込むこととなりました。
資金繰りの観点から、すべての投資家の手続が完了するまで待つのではなく、準備が整った投資家から順次資金調達を実行したいとのご相談をいただきました。
状況の整理
J-KISSは、公開されているひな型を利用することで、創業初期の企業でも比較的スピーディーに資金調達を進めることができる仕組みです。
もっとも、J-KISSは会社法上「新株予約権」として取り扱われるため、投資契約の締結および払込みのみで手続が完了するものではなく、新株予約権の発行に伴う登記手続も必要となります。
今回のケースでは、主に次の点を整理する必要がありました。
① 同一ラウンドでも、割当日が異なる新株予約権をどのように区別するか
② 募集事項の決定と各投資家への割当てについて、株主総会でどのように決議するか
③ 「申込み+割当て方式」を採用する場合、申込み・割当通知・投資契約の締結をどのタイミングで行うか
特に重要となったのが、投資家ごとに「割当日」が異なる点でした。
資金調達の経済的な意味では同一ラウンドであっても、会社法上は、それぞれ異なる割当日を設定して新株予約権を発行することになります。
そこで、将来J-KISS型新株予約権が株式へ転換される際にも、それぞれの新株予約権を明確に特定できるよう、「第1回(あ)」「第1回(い)」など名称を分けて管理する方針としました。
対応方法
当事務所では、既に準備されていた投資契約書や発行要項、株主総会議事録等を確認したうえで、今回の資金調達について会社法上必要となる手続きを整理しました。
今回のケースでは、一部の投資家が先行して払込みを行い、別の投資家は後日払込みを行う予定となっていました。そのため、すべての投資家を一つの新株予約権として処理するのではなく、それぞれの割当日に応じて新株予約権を区分しました。例えば、
第1回(あ)J-KISS型新株予約権
→ 先行する投資家へ発行
第1回(い)J-KISS型新株予約権
→ 後日払込みを行う投資家へ発行
という形です。
名称自体は法律上決められたものではありませんが、将来の適格資金調達等によって新株予約権を行使・転換する際、それぞれの権利を明確に区別できるようにしておくことが重要です。
そのため、発行時点だけでなく、将来の転換手続まで見据えて新株予約権の名称・管理方法を整理しました。
J-KISS型新株予約権を発行する場合には、新株予約権の内容・数、払込金額、割当日等の募集事項について、会社法に基づく決定が必要となります。今回の会社は取締役会非設置会社であったため、株主総会において必要な事項を決議することとなりました。また、「募集事項の決定」と「投資家への割当て」を同一の株主総会で決議する場合には、まだ投資家から正式な申込みが行われていない段階で割当てを決定することもあります。そこで、議事録上、「投資家から申込みが行われることを条件として割り当てる」旨を明確にするなど、登記実務上の弊害が生じないよう整理しました。
今回は、新株予約権の「総数引受契約方式」ではなく、一般的な「申込み+割当て方式」を採用しました。この方式では、会社が投資家に対して新株予約権の募集事項等を通知し、投資家から申込みを受けた後、会社が新株予約権の割当てを行います。会社法上、会社は割当日の前日までに、申込者に対して割り当てる新株予約権の数を通知する必要があります。
そのため、既存の契約書や議事録等関係書類の日付との整合性も確認し、会社法上必要となる手続が適切な順序で行われるよう書類を調整しました。
結果
投資家ごとに異なっていた払込・割当スケジュールを整理し、それぞれの割当日に対応する形でJ-KISS型新株予約権を発行しました。株主総会決議、申込み、割当て、投資契約、払込み等の時系列を整理したうえで必要書類を作成し、予定していた資金調達を実行。その後、新株予約権発行に伴う変更登記も完了しました。
すべての投資家の準備が整うまで資金調達を延期することなく、準備が整った投資家から順次資金を受け入れながら、会社法・登記実務上も適切な形で資金調達を進めることができた事例となりました。
代表司法書士からのひとこと
J-KISSは、企業価値の算定が難しいシード期のスタートアップ企業において、スピーディーな資金調達を実現するための有力な選択肢の一つです。
オープンソースとして無償公開されているひな型やJ-KISSパッケージを利用できるため、普通株式や優先株式による資金調達と比較して、契約交渉や手続の負担を軽減できる場合があります。
一方で、事例によっては、「ひな型がある=そのまま使えば手続が完了する」というわけでもなく、会社法上の手続と契約書、登記内容を個別に確認する必要があります。
福岡アルブル司法書士事務所では、J-KISS型新株予約権をはじめとするスタートアップ企業の資金調達について、株主総会・取締役会等の機関決定、発行スケジュールの設計、必要書類の作成・確認、法務局との事前調整、登記申請まで一貫してサポートしています。
「J-KISSで資金調達を行いたい」
「投資家ごとに払込日が異なるが、どのように手続すればよいかわからない」
「自社で作成したJ-KISSの書類を確認してほしい」
といった場合には、お気軽にご相談ください。
※当サイトに掲載している事例には、福岡アルブル司法書士事務所で取り扱った案件のほか、代表司法書士がこれまでの司法書士業務において実際に担当・関与した案件を含みます。守秘義務及びプライバシー保護の観点から、案件を特定できないよう、会社名・金額・時期その他の事情を一部変更・一般化して掲載しています。