ご相談のきっかけ
N社様は不動産会社を創業し、長年にわたって事業を育ててきたオーナー経営者です。後継者候補への株式譲渡を段階的に進めており、経営の軸足を少しずつ次の世代へ移す準備を着実に進めていました。
ただ、手続きを進めるにつれて、ある不安が頭から離れなくなったといいます。「株式を渡せば渡すほど、自分の発言に法的な重みがなくなっていく」という感覚です。後継者を信頼していないわけではない。それでも、経営の大きな決断が自分の知らないところで進んでしまうことへの懸念は、創業者としてどうしても拭えませんでした。
加えて、将来の相続発生時のリスクも気になり始めていました。後継者以外の相続人が株式を取得してしまった場合、経営に関与してくる可能性があります。譲渡制限を設けていても、相続による権利移転は防げないという事実を知り、「これは専門家に相談しなければ」と決断されました。
状況の整理
ご相談時点での状況を整理すると、株式の一部はすでに後継者候補へ譲渡済みであり、段階的な承継プロセスの途中にある状態でした。経営の実務についても、段階的に後継者へ移行している状況でした。
課題は大きく二つに整理されました。一つ目は「代表取締役へ経営権を移行した後も、創業者・取締役として重要な意思決定に関与できる仕組みを法的に担保すること」。二つ目は「創業者に相続が発生した際に、株式が後継者以外の相続人へ渡らないよう確実に手当てすること」です。
どちらも「信頼関係があるから大丈夫」という前提に頼るのではなく、会社の仕組みとして制度的に解決する必要がありました。属人的な約束や口頭での取り決めは、いざというときに機能しないリスクがあります。
この点をS様自身も強く意識されており、「法的に確実な仕組みを作りたい」というご要望は最初から明確でした。なお、福岡アルブル司法書士事務所では、こうした状況の全体像を丁寧に整理したうえで、必要な対策の検討へと進めています。
対応方法
ご状況をヒアリングした上で、ご提案したのは「拒否権付種類株式(黄金株)」を活用したスキームです。創業者であるS様が1株のみ黄金株を保有し、残りの株式は後継者へ承継させる設計です。
黄金株とは、株主総会や取締役会の決議に対して拒否権を持つ特殊な種類株式です。たとえ議決権の過半数を後継者が持っていたとしても、黄金株保有者(S様)が反対すれば、その決議は効力を生じません。株式数は1株で構いませんが、その1株が「ブレーキ」としての機能を持つ点が最大の特徴です。
次に、相続リスクへの対策として、黄金株に「創業者の死亡を取得事由とする取得条項」を付すことをご提案しました。これにより、S様に相続が発生した場合、会社が自動的にその黄金株を取得(回収)できる仕組みになります。相続人が誰であれ、黄金株が外部に残り続けることを防ぐ設計です。
なお、会社が株式を取得する際の対価の設計については、会社法上の分配可能額の制約がかかるため、実務上の留意点を含めて丁寧に検討・助言を行いました。スキームとして成立するだけでなく、実際に機能する形にするための実務的な詰めを、設計段階から一緒に行っています。
定款変更・種類株式の発行という手続きは、株主総会の特別決議が必要となるため、スケジュール管理と書類準備を一括して対応しました。手続きの流れを事前にご説明し、S様が「今どの段階にあるか」を常に把握できるよう、進捗の共有も丁寧に行いました。
結果
定款変更と黄金株の発行が完了し、S様は1株の黄金株を保有したまま、後継者への経営の実権移行を進める体制が整いました。株式の大部分を後継者が持ちながら、重要な決議にはS様の承認が必要という「二重のチェック構造」が法的に確立されています。
また、取得条項の設定により、相続発生時に株式が意図しない形で散逸するリスクも制度として排除されました。後継者が経営に専念できる環境を守りながら、創業者としての影響力を適切な形で残す仕組みが、法律の枠組みの中でしっかりと構築されています。
代表司法書士からのひとこと
事業承継は「誰に経営を任せるか」という人の問題だけでなく、「どう仕組みを作るか」という法的な設計の問題でもあります。信頼する後継者に株を渡しても、制度的な裏付けがなければ、いざというときに機能しません。
黄金株は、使い方を間違えると後継者との関係を複雑にするリスクもある手法です。「どの事項に拒否権を設定するか」「取得条項の対価をどう設計するか」といった細部の詰めが、スキームの実効性を左右します。「とりあえず黄金株を発行しよう」ではなく、目的から逆算して設計することが重要です。
事業承継の法務は、一度設計したら終わりではありません。会社の状況や家族関係の変化に応じて、見直しが必要になることもあります。長く伴走できる専門家として、引き続きS様のそばに寄り添っていきたいと思っています。
※当サイトに掲載している事例には、福岡アルブル司法書士事務所で取り扱った案件のほか、代表司法書士がこれまでの司法書士業務において実際に担当・関与した案件を含みます。守秘義務及びプライバシー保護の観点から、案件を特定できないよう、会社名・金額・時期その他の事情を一部変更・一般化して掲載しています。