川岸 俊介
大手鉄鋼メーカー勤務を経て司法書士に転身。企業法務・商業登記を専門に、中小企業からスタートアップまで500社以上の法務手続きに関与。2026年7月、福岡アルブル司法書士事務所を開設。
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[金融機関融資に伴う担保設定支援業務]
2026年5月25日施行の企業価値担保権とは何かを、事業性融資の推進等に関する法律の背景・仕組み・登記手続・実行手続まで司法書士がわかりやすく解説。スタートアップや事業承継での活用や実務上の留意点も紹介します。
融資を受ける際、不動産担保や経営者の個人保証を求められて悩んだ経営者の方は少なくないのではないでしょうか。こうした従来の慣行を見直す新制度として、2026年5月25日施行の「企業価値担保権」が注目されています。
この記事では、企業価値担保権とは何かという基本から、制度創設の背景、担保の仕組み、登記手続や実行手続、そして活用が期待される場面までを、司法書士の視点で整理して解説します。
スタートアップの資金調達や事業承継、事業再生を検討している方にとって、今後の選択肢を広げる制度です。全体像をつかむための入り口としてお役立てください。
企業価値担保権は、2024年6月に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号)により創設された新しい担保制度です。ここではまず、制度の定義と背景、そしてその根底にある考え方を確認します。
企業価値担保権とは、会社が持つノウハウや顧客基盤といった無形資産、将来のキャッシュフローを含む事業全体の価値を一体の担保とする仕組みです。従来とは全く異なるアプローチで、企業への資金供給を可能にします。
根拠法である事業性融資の推進等に関する法律は、その第1条で、不動産を目的とする担保権や個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正、そして会社の事業に必要な資金調達の円滑化を図ることを目的として掲げています。
この法律は2026年5月25日から施行されています。会社の事業の継続および成長発展を支え、国民経済の健全な発展に寄与することを目指した制度と位置付けられています。
これまでの金融実務では、融資の際に不動産担保や経営者個人の保証に依存するケースが一般的でした。この慣行のもとでは、担保に適した有形資産が乏しい企業は資金調達が難しくなりがちです。
また、経営者個人が保証を負う仕組みは、事業がうまくいかなかった場合に経営者個人の生活まで脅かし、思い切った挑戦や再チャレンジをためらわせる要因にもなってきました。こうした課題への対応が、制度創設の背景にあります。
企業価値担保権は、従来の「債権回収のための担保」とは異なり、事業を継続・発展させるための“生かす担保”として位置付けられています。
債務者である企業と債権者である金融機関等が協働して事業価値を高め、将来的なキャッシュフローの創出によって双方が利益を得る関係を築く、いわゆる共通価値の創造を目指すことが可能になります。企業の「将来性」に着目した未来志向の融資へ導く可能性のある制度として期待されています。
次に、企業価値担保権の具体的な仕組みを見ていきます。担保の対象、設定できる主体、信託を用いた枠組み、被担保債権の種類という4つの観点から整理します。
企業価値担保権では、債務者である会社の総財産が担保対象となります(同法第7条第1項)。将来において会社の財産に属するものも含めて、一体として企業価値担保権の目的とすることができます。
つまり、土地・建物等の有形資産だけでなく、ノウハウや顧客基盤といった無形資産、さらには会社が将来生み出すキャッシュフローまでを含めて、包括的に担保権が設定されます。この点が、個別の財産ごとに設定する従来の担保との大きな違いです。
企業価値担保権を設定できるのは、会社法上の会社(株式会社・合名会社・合資会社・合同会社)に限られます(同法第2条第2項)。個人事業主・医療法人・学校法人・NPO法人等は対象外とされています。
また、企業価値担保権は自己の債務を担保するためにのみ設定でき、第三者の債務を担保する目的では利用できません(同法第13条第1項)。いわゆる物上保証が禁止されています。
これは、担保提供者の総財産を対象とする実行手続が開始されると、担保提供者自身のみならず、その取引先や労働者等の利害関係人に予期せぬ影響を及ぼすおそれがあるためです。関係者への影響の大きさを踏まえた制限といえます。
企業価値担保権の設定は、債務者である会社を委託者とし、企業価値担保権信託会社を受託者とする企業価値担保権信託契約によらなければなりません(同法第8条第1項)。いわゆる担保権信託(セキュリティトラスト)を前提とした仕組みです。
担保権者となる信託会社は、内閣総理大臣の免許を受けた会社です。銀行・信用金庫等の金融機関がこの信託業務を行う場合には、届出等の簡易な手続で開始できるみなし免許の規定も設けられています(同法第33条)。
信託スキームを採用する目的は、業規制に服する信託会社の説明義務を通じて適切な設定を確保することと、一般債権者等を受益者とすることで、実行手続に基づく配当から一定の給付を受けられるようにすることにあります。なお、貸し手となる被担保債権者には制限がなく、ベンチャーキャピタルや事業再生ファンド等も本制度を利用可能です。
企業価値担保権の被担保債権は、「特定被担保債権」と「不特定被担保債権」の2種類からなります(同法第6条)。特定被担保債権は、主に受益者である金融機関からの貸付金債権が想定されています。
不特定被担保債権は、債務者が清算手続開始原因に該当し、または破産手続開始決定を受けた場合における財産上の請求権であって、清算会社の財産や破産財団から弁済または配当を受けられる債権を意味します。
また、債務者は、企業価値担保権者に対して、書面または電磁的記録による請求で極度額を設定できます(同法第9条)。根抵当権と異なり担保権者の同意は不要ですが、担保権者の利益を不当に害することを防ぐため、現存する特定被担保債権額のほか今後2年間に生じる利息や遅延損害金等の合計額を下回れないという下限が設けられています。
企業価値担保権は、経営者保証への依存を見直す制度でもあります。ここでは経営者保証の制限と、借り手・貸し手それぞれの権限について整理します。
企業価値担保権を設定した融資では、原則として経営者個人による保証にもとづく権利行使が制限されています(同法第12条)。個人保証に依存しない融資慣行への転換を図る趣旨によるものです。
ただし、経営者による粉飾や使い込みなどの不正等がある場合は例外とされます。また、個人保証には経営への規律付けや信用補完として資金調達を円滑にする面もあることから、全面的な禁止とはされていません。
企業価値担保権を設定した後も、債務者である企業は通常の事業活動の範囲内で担保目的財産を自由に使用・収益・処分できます(同法第20条第1項)。在庫の販売や商品の仕入れ、日常的な設備投資など、事業継続に必要な行為は制限されません。
一方で、通常の事業活動の範囲を超える行為には、企業価値担保権者の同意が必要です(同法第20条第2項)。具体的には、重要な財産の処分、事業の全部または重要な一部の譲渡などが該当します。
これは、設定後も企業が成長のために柔軟な経営判断を行えるようにしながら、担保価値の急激な低下を防ぐという、担保権者保護とのバランスを図った仕組みです。
企業価値担保権が実行されるまでの間に担保目的財産へ強制執行等がなされた場合、その手続において企業価値担保権者は配当や弁済金の交付を受けることができません(同法第7条第3項)。
そのうえで、企業価値担保権者は、強制執行等が債務者の事業の継続に支障を来す場合には、異議を主張することができます(同法第19条第1項)。事業の継続性を守るための仕組みが用意されています。
企業価値担保権は登記によって公示され、効力が生じます。ここでは対抗要件としての登記、設定登記の流れ、そして万一の実行手続までを確認します。
企業価値担保権は、商業登記簿への登記によって公示されます。登記をしなければ第三者に対抗できないだけでなく効力も生じず、登記が効力発生要件とされています(同法第15条)。
企業価値担保権と他の担保権(質権・抵当権等)との優劣は、原則として対抗要件の具備の先後によって決まります(同法第18条)。登記の時期が権利関係を左右する重要なポイントになります。
企業価値担保権の設定登記は、その前提として会社内部の機関決定が必要です(同法第10条)。株主総会の決議までは要さず、重要な財産の処分として、取締役会設置会社では取締役会の決議事項と位置付けることが適当とされています。
登記は商業登記簿への登記でありながら不動産登記法が準用され(同法第223条)、登記権利者である信託会社と登記義務者である設定会社が共同して申請します。添付情報として登記原因証明情報が必要で、登記完了後は企業価値担保権者に登記識別情報(オンライン未指定庁では登記済証)が通知されます。
手続の主なポイントを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公示方法 | 債務者の本店所在地の商業登記簿への登記 |
| 登記の位置付け | 効力発生要件かつ対抗要件 |
| 申請人 | 企業価値担保権者と設定会社の共同申請 |
| 登録免許税 | 3万円 |
登録免許税が3万円と比較的低額に抑えられている点も特徴で、従来の不動産担保に比べてコスト面から利用しやすい設計となっています。
では、企業価値担保権が設定された融資で債務不履行(デフォルト)が生じた場合、どのように実行されるのでしょうか。企業価値担保権者による申立てを受けて実行手続開始の決定がなされると、事業の経営等を担う管財人が選任されます。
管財人は、債務者の事業の経営を行って企業価値の維持を図り、原則として「事業譲渡」により担保の対象財産を換価し、その対価から配当を行います。この事業譲渡に際しては、株主総会の決議等を不要とすることが明文化されています(同法第157条)。
ポイントは、事業財産を解体してバラバラに処分するのではなく、事業を一体として評価し第三者へ譲渡することで、事業の継続性を確保する点にあります。従業員の雇用維持や取引先との関係にも配慮された、再建型の担保としての役割を果たす手続です。
企業価値担保権が設定された融資では、平時からコベナンツ(融資契約上の特約)の設定やモニタリングの徹底により、企業の予兆管理・早期改善が図られると考えられます。
業況が悪化しても直ちに担保権を実行するのではなく、まずは金融機関と企業が協議のうえでリスケジュールや追加支援など段階的な対応を取り、それでも改善が見込めない最終手段として実行プロセスに移行することが想定されています。したがって、実際には企業と金融機関の協働による事業再生の取組みが優先されると考えられます。
企業価値担保権は、従来の不動産担保や個人保証では対応しづらかった場面での活用が期待されています。代表的なケースと、実務上の留意点を見ていきます。
技術系スタートアップやIT・サービス業など、有形資産は乏しいものの高い成長可能性を持つ企業に対して、企業価値(将来の収益力)を評価した資金供給がしやすくなります。
例えば創業間もないベンチャー企業でも、事業計画や保有する特許、ノウハウ、研究成果の価値を担保に融資を受けられる可能性が生まれます。有形資産に依存しない資金調達の新たな選択肢となります。
中小企業の事業承継では、後継者が借入れを行う際に個人保証を求められることが少なくなく、これが心理的・経済的なハードルとなってきました。企業価値担保権を活用すれば、地域ブランドや安定した顧客基盤、製造ノウハウなど事業そのものの価値を評価し、個人保証に依存しない融資が可能となります。
事業再生の局面でも有効です。経営危機に瀕した企業は担保余力が乏しい場合が多いですが、将来の事業価値を担保に新たな資金を調達し、再建計画の実行を支援できます。倒産に至る前に必要資金を確保し、経営者保証に依存せず再挑戦の機会を得られる点も大きな意義といえます。
企業価値担保権付き融資では、貸し手である金融機関が借り手企業の事業内容や将来性を深く分析・評価する必要があります。その過程で金融機関と企業のコミュニケーションが密接になり、取引関係が一層強固になると期待されています。
メインバンクが1行に明確化されるケースも増えるのではないかとの指摘もあります。金融機関と企業が二人三脚で企業価値の向上を目指す関係を築ければ、単なる融資取引を超えた伴走支援的な効果が生まれる可能性があります。
一方で、企業価値担保権の設定が会社の商業登記簿に記載されることで、信用不安につながるのではないかという懸念も指摘されています。
もっとも、企業価値担保権の設定は、事業全体の価値を担保に資金調達の途を広げ、モニタリングを通じて経営改善支援を受けられるという前向きな位置付けをもつものです。今後の運用や周知活動により、その理解が広がっていくことが期待されます。
企業価値担保権は、従来の不動産担保・個人保証中心の融資慣行を見直し、企業の事業そのものの価値を評価軸とする新たな担保制度です。担保の範囲を会社の総財産に広げ、事業の継続性を前提に資金供給を行う点で、「回収のための担保」から「生かすための担保」への大きな転換を意味します。
なお、新しい制度であるため、設定登記には、特に制度の趣旨や関連法令を正確に理解した的確な手続が必要です。
福岡アルブル司法書士事務所では、企業の成長・再生を支える担保登記の実行をサポートし、金融機関や各種専門家と連携しながら安心できる資金調達の実現をお手伝いします。企業価値担保権や商業登記についてお考えの際は、お気軽にご相談ください。
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